NOKOTO

雑誌でアイデンティティの話読んだらフルメタが五倍面白かった:01

黒石 紗弥子

こんにちは。黒石です。

NOKOTO.カルチャー担当(勝手に)として何か書きたいなあとずっと思っていたんですが、中々形にならず。で、最近(というか昨日)思い立ったというわけです。

ある雑誌で読んだ「傷によって形成されるアイデンティティ」を紹介しつつ、最近観たアニメ『フルメタル・パニック!』がめちゃくちゃよかった話をしようと思います。

すごい文だ。何を言ってるのかわからない。

雑誌でアイデンティティの話読んだらフルメタが五倍面白かった」ということを話そうと、そういうことです。何回かに分けて書いていこうと思います。最初から最後まで個人的な解釈です。あしからず。

よく噛んで食べる

一ヶ月ほど前、ある雑誌を買った。『WIRED』

本当は別の雑誌を探していたのだが、「中動態」という言葉に飛びついた。雑誌そのもののデザインもなんかかわいいし。

で、まず「中動態という言葉に飛びついた」という意味がわからないと思う。

これはぼくが千葉雅也『動きすぎてはいけない』を読んでいる途中だったりすることが関係していて、最近この単語をよく目にしていた。能動と受動の間にあるような、コミットしすぎない・ある程度流動的であるような態度、生き方が大事だとずっと感じていて、それを示す言葉だと思っていた。

雑誌には、國分功一郎と熊谷晋一郎という人のインタビューが載っていた。このインタビューが、めちゃくちゃよかった。出だしからして「ああ、そうだ」が詰まりまくっていた。

「死にたいわけではないが生きていたいわけでもない」という状態に人間が置かれてきているような気がします。……(中略)……いまの人は、もっと「よく噛んで食べる」ことをやった方がいいと思うんです。

もうこれ、まさにぼく。死にたいわけではないが生きていたいわけでもない。そして、ずーっと「よく噛んで食べる」ことをやった方がいいと思い続けている。

勿論これは比喩で、食事のことではない。ものごとの経験について。

消費スピードが加速しきって、暇の搾取が極限化している。暇がないから、自分自身と向き合う時間がない。あるいは、暇が苦痛ですらある。そんな時代で、ぼくらのアイデンティティをどう捉えるか、というのが主な話題。

二種類の傷

少しインタビュー内容の一部をざっくりとまとめてみる。

 

アイデンティティは「傷」の総体である。

予期せぬ経験がぼくらに傷をつくる。避けられるなら避けたいはずなのに、人間は時折自らその傷を増やすかのような行為をとる。それは、新しい傷をつくることで古い傷を癒やすためだ。

この「新しい傷」はいま・ここに起きる「知覚」であり、「古い傷」は過去の「記憶」である。古い傷を癒やすために新しい傷をつくるという行為は、新しい傷と古い傷はトレードオフの関係になっているとも言い換えられる。

じゃあ一体、どうやって「傷」を痛まないものにしていくのか?

反復するパターンのひとつとして受容するか、一回きりの物語として受容するか。前者は一人でも出来るが、後者は複数人でのみ可能となる。

「水疱瘡」「おたふく風邪」は、おおよそ人生で一度しか発症しない。人生の中では、反復しない。なのに、それらがトラウマとなることはごく少ない。それは、多くの人が同じ経験をするからだ。「あるあるネタ」として受容することができる。

「傷」に意味を与えることで、痛まないものにするしかない。その意味を与えるパターン・物語が、アイデンティティを形成する。

 

……難しい話になってきた。

重要なことは、古い傷=過去を含めてアイデンティティであり、傷を痛まないものにする=受容するには、自分ひとり・あるいは他者を登場させることでその傷に意味を与えなければならないということ。

トラウマを持っていて抜け出せない、というひとは、傷を痛まないものにするという過程がうまくいっていない。それは、物語にすることができないからだ。共有できず、辛いので、リストカットなどの自傷によって「新しい傷」をつくることでいま・ここの自分を確認する。

しかし自分によって繰り返される自傷は、パターン化してしまう。受け入れられるものになってしまうのだ。だからエスカレートしていく、……ということも書いてあった。

・・・

ここから、「意志」の話になっていく。予期せず与えられる、というのが傷の基本のはずだが、先程の自傷は自分で自分に与えるものだ。この「意志」とは……という話。

興味のある方は次回お楽しみに。


黒石 紗弥子