NOKOTO

震災から6年経った今、僕が大切にしたい価値観。

中山 雄治

あの日、2011年3月11日、東日本大震災は起きました。

 

 

出典:www.geocities.jp

僕は当時高校二年生。地震発生直後、兵庫県に住んでいた自分にも揺れを感じた。TVを点けてみると東北地方で津波に車や家が次々と流される映像を目の当たりにした。僕は37インチの画面から流れる映像に釘付けになった。丸二日三日テレビの前から離れられず、ただ呆然と画面を眺めていた。

「ボランティアに行きたい、行かなければならない」

地震発生数日後、使命感の混じった直感が僕の中で大きく存在感を発揮してきた。しかし親にそのことを伝えると「あんたそんな危ないところ、行かんでよろしい」と、止められてしまった。確かに当時福島第一原発事故もあり放射能という目に見えない漠然とした危険と隣り合わせな状況であった。それでも僕は機会があれば絶対に行ってやる!と思っていた。

高校三年生の夏休み前、全校集会があった。「夏休みのボランティアプログラムの発表でもないかな」と期待して臨んだ。僕の思惑は半分当たり、夏休みボランティアプログラム”参加者”の発表があった。参加者。どういうことかわからなかった。いつのまに決まったのか、そもそもプログラムの案内があったのか、いつ選考していたのか、全く僕の知らないところでコトが進んでて、いつのまにか募集は締切られ、学校を代表して数名が行くことになっていた。僕は納得がいかず担任の先生に問い合わせたところ、「三年生は受験があるから元々外されていた」と。ありえなかった。こんなにも行きたい人が三年生にもいるのに勝手に除外して勝手に進めて…それはもう不満でしかなかった。

高校は進学校だったこともあり大学受験は国公立を目指したが、夏休みの件もあり悶々とした時間を過ごす中でなんとか滑り止めの滑り止めで受けた(が行きたくなかった)私大に合格し、入学することになった。大学生になってからは「待っていてはダメだ」と思い、自ら積極的に行動することを心掛けた。6月ごろ、「東北の現状を考える会」に参加し、そこでもやはり自分から現地に行くことを主催者の方に伝えてみたが、「東北という遠い地に行くことは親も心配するし、こっちにいてもできることはあるんじゃないかな」と言われ、その年も結局行かず仕舞に終わった。

 

現地で感じたこと

それでも2014年3月、縁あって実際に東北地方に訪れることとなった。

震災から三年目。がれきという名の街の遺産は撤去され、辺り一面更地になっていた。

地盤沈下の発生の跡も見られ、海面が地面よりも高く感じる場所もあった。

訪れた気仙沼では高校生とたくさん話した。みんな力強く前を向いていて、逆に自分たちが励まされた気がした。

でも、もっと大事なことは後で気付いた。

 

震災から6年経ったいま

当時高校生だった僕は濃い4年間の大学生活を経て社会人となった。

去年の4月から就職とともに一人暮らしを始め、親とも離れた生活、仲良くしていた友達ともなかなか会えない生活が始まった。そこで身に染みて思うのが、「みんな近くにいたら、励ましあえるし高めあえるのになあ」と。大都会であれ田舎であれ、結局のところひとりぼっちはひとりぼっちだし、仲間がいれば家族がいればどこにいたって楽しいし、幸せなんだと。そんな普遍的な普通なことが、実は自分を支えてくれていて、感謝してもしきれない存在なんだなあと。

だからこそ、まとまった時間があれば、余裕があれば、なるべく家族と一緒にいるようになったし、ふと大学時代の仲間が気になって連絡を取ってみようと思うことも増えた。本当に今までは家族と深くかかわることを避けてきたし、友達や仲間も薄い信頼関係で結ばれていることも多かった。でも今は違う。本当に大事にしたい人、いつでも会えるんじゃなくて、いつでも会いたい人と一緒にいたいし、できれば同じ屋根の下で同じ釜の飯を食べて暮らしたいと思う。それが6年経ったいまの自分。

今だからわかる、あのときの言葉。

「東北という遠い地に行くことは親も心配するし、こっちにいてもできることはあるんじゃないかな」

僕には僕のできることがこんなに近くにたくさんあったんだと。それは家族という愛に溢れたつながりに気付き、自らも大切に家族を愛していくこと。それは仲間という最高の財産に気付き、自らも友情を深めていくこと。そんな普遍的な日常が、実は最も大切なことであり、自分が大事にしたい価値観の一つだったことに、ようやく気付くことができた。

 

明日から

明日からまた普通の日常が始まる。その中でも意識的に考えておきたいのが、「今、幸せですか?」という問い。

世の中のひとはみんな「幸せ」と「本当の幸せ」を分けて考えている気がする。僕もそうだ。僕は今間違いなく幸せなんだけれども、本当の幸せとは程遠い。僕にとって本当の幸せとは、”誰もが気軽に集まれて、居心地の良い空間をつくる”ことである。また今まで出会って苦楽を共にしてきた仲間たちが、同じ屋根の下で働いて励まし認め高め合っていれば、なお幸せなんだろうなあと思うわけで。そう考えると理想にも思える「本当の幸せ」を追い求めるのは本当に楽しいし、人生が充実している気がするのである。

だから明日からも、自分を持って、楽しく人生を歩んでいこうと思うわけです。

震災から学んだことは大きい。

 

 

 

 

「生きててくれてありがとう。」

 

 

 

ゆーじ

 


中山 雄治